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マサやん

Author:マサやん
ベイスターズとプロレス、パチンコと時代小説をこよなく愛す30代独身男。
酒とお菓子に関する薀蓄には定評がある?。
好きな言葉は「人間万事塞翁が馬」

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「漢委奴国王」の読み方
先ほど「熱血!平成教育学院」をみていてビックリした。
こういう問題があった。

「漢字で書きなさい」
福岡 志賀島で出土の金印
「・・・国王」

答えは言わずと知れた「漢委奴国王(かんのわのなのこくおう)」印である。
が、問題なのはその解説。

「委」は「倭」の略字で日本のこと、「奴」は「属国」という意味だそうだ。
つまり「漢の国の属国である日本の国王」ということである。

ココ重要なので番組HPからその問題の解説を抜粋してみる。

1784年に福岡県志賀島で発掘されました。西暦57年に漢の光武帝が日本の国王に贈ったとされています。
現在では、
「漢の国の属国である 日本の国王」
と解釈されています。



エエーッ、今ではこんな解釈なの。
あたしの知ってる歴史では、
①「漢に朝貢する倭の奴国の王」
②「漢に朝貢する委奴国の王」
という意味だったはず。

あわててウィキで検索。(まぁウィキが全面的に正しいとは言わないが)
すると、このような記述になっている。(ちょっと長いが引用)

3行にわけて篆書で「漢〈改行〉委奴〈改行〉國王」と刻されている。

「委」は「倭」の減筆、つまり「委国」は「倭国」と解釈され「漢の倭(委)の奴(な)の国王」と訓じるのが通説である。一方、「委」には「まかせる」の意味があり、「倭」の減筆か疑問視する声もあり、

「漢の倭(委)の奴(な)の国王」説 - 落合直澄、三宅米吉など
委奴を「いと・ゐど(伊都国)」と読み、「漢の委奴(いと・ゐど)の国王」と訓じる説 - 藤貞幹、上田秋成、久米雅雄、柳田康雄など
という論がある。

倭と奴の発音は

倭 - 上古音 uar 中古音 ua 中世音 uo 現代音 uə
奴 - 上古音 nag 中古音 no(ndo) 中世音 nu 現代音 nu
であり、漢代の漢字音(上古音)では奴をド、トとは読めないというのが定説である。 上古北方漢音(漢代の方言)が存在したとして、奴を「ど」と読む久米雅雄説もあるが少数説である。

古田武彦は、「漢」の「倭奴国」の「王」と読み、漢の家臣である倭奴国王(倭国王)の印綬とするが、学術論文として提示された説ではなく、研究者による検討、批判の対象とはされていない。



あーよかった、あたしの認識で正しかった訳である(笑)。

つまり番組では「研究者による検討、批判の対象とはされていない説」を採用したということなのだ。
何か釈然としない。
公共の電波でこの解釈でいいのだろうか。




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2009.04.26 Sun | 歴史 | T:0 | C:0
ヒミコの墓?
たまには真面目な話をば。

Yahooニュースでこんなニュースが取り上げられていた。

卑弥呼?後継者? 大規模周濠の一部を初確認 奈良・箸墓古墳

箸墓古墳とは、日本最古級の古墳であり、卑弥呼の墓ともいわれている古墳である。

このニュースを読むと、箸墓古墳の建設時期と目される3世紀半ばにすでに後代(5世紀ごろ)の仁徳天皇陵にみられるような大規模周濠(字面の通り、周りを取り囲む「濠=ほり」のことですな)があり、かなり強大な権力を持った被葬者だったことが分かる。
卑弥呼(もしくは台与)の墓に比定している研究者にとっては朗報だろう。

個人的にはアタシは邪馬台国九州説を信じているので卑弥呼陵説には賛同しかねるのだが、古代の謎の解明という意味では喜ばしいニュースだと思う。
この際、徹底的に調査してほしいものだ。

ただ箸墓古墳に限らず、宮内庁で(皇族の陵墓として)指定している古墳は宮内庁の管理下でみだりに調査することはできない。
ちなみに宮内庁はこの古墳の被葬者を倭迹迹日百襲媛命としている。
ところが実は宮内庁の比定というのは結構怪しいのが多いのである。
(例を挙げると大変長くなるので興味をもたれた方は逆説の日本史の第1巻を読まれることをお奨めする)

「怪しい」古墳もキチンと学術調査をすればかなりの部分で分かってくると思うのだが、宮内庁はどうも明らかにしたくないらしい(笑)。
もったいないな~、実にもったいない。

2008.08.28 Thu | 歴史 | T:0 | C:0
終戦記念日に思う
昨日は終戦記念日でした。
某頑固獅子頭なお人がまたやらかしましたが、そいつについてはまた別の機会におくとして、今日は別の話。
20060815-00000011-yom-soci-thum-001.jpg

加藤・元自民幹事長宅で男が腹から血、事務所全焼
 15日午後5時55分ごろ、山形県鶴岡市大東町、加藤紘一・元自民党幹事長(67)の実家から出火、棟続きの同氏の事務所「精三会館」にも燃え移り、木造2階建て計340平方メートルを全焼した。実家に隣接している加藤氏の自宅は延焼しなかった。鶴岡署によると、加藤氏の実家の北側の屋外で、腹部から血を流して倒れている50歳ぐらいの男が消火活動中に発見され、病院に運ばれたが重傷で、集中治療室で治療を受けている。同署は男が火事に関係している可能性があるとみて身元などを調べている。(読売新聞)



理由は件(くだん)の神社の件だと思います。
人には色々主義主張があるからその主張までは否定しないけど、こういうのについてはただの「アホ」ですわ。
こういうのって幕末や戦前の「天誅」ってやつと同種の匂いがします。
「言論抹殺」ですよ、こういうのは。
あ、そういえば今の総理もそんな感じのことやってましたね(笑)。

アタシは祖父母の墓参りにいってきました。
聞いたところによると、お盆は仏壇に帰ってくるといいますが、別に墓からいなくなる訳ではないので墓参りしてもいいそうですね。
8月15日、格別の所じゃなくてもこうやって先祖の供養をする・・・心の問題ってのは場所じゃないと「心から」思いますね。


2006.08.16 Wed | 歴史 | T:0 | C:0
靖国問題を分かりやすくいうと・・・
以前、昭和天皇のメモがでてきたというニュースが出た時に書いたコチラで次のようなことを書いた。

さてココでは「天皇の戦争責任」なんて遠大なテーマはやる気もないのでその話は割愛したいが一言だけ言っておくと、戦前の政治制度であっても天皇が直裁できることはほとんどなく、そういう意味においては「天皇の名において」始められた戦争ではあるが、それがイコール「天皇の意思であるわけではない」ということ、である。



で金曜日に仕事中、車内でラジオ(「荒川強啓のデイ・ウオッチ」)を聞いていると「安倍さんの靖国参拝」問題に関連して宮台真司さんがコメントを出していたのに非常に共感できたのだ。
「やっぱり頭のいい人は違うねぇ。うまく伝えるのって難しいのに。」
ということで氏のブログ(コチラ)にいってみるとうまい具合にまとめがあったので引用させていただく。

2006.08.05 Sat | 歴史 | T:0 | C:0
昭和天皇の靖国観がうかがえるメモから考える
元宮内庁長官の富田朝彦氏が書き留めた昭和天皇が語ったとされるメモが発見されたとの報道があった。

昭和天皇が1988年に、靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)について強い不快感を示し、「だから私はあれ以来参拝はしていない」などと語っていたとされるメモが、当時の宮内庁長官、富田朝彦氏(故人)の手帳に残されていたことが分かった。昭和天皇は78年のA級戦犯合祀以降参拝しなかったが、その理由はこれまで明らかになっていなかった。間接的なメモとはいえ、昭和天皇の合祀についての考えが公になったことで、今後のA級戦犯分祀論議や首相の靖国参拝問題などに影響を与えそうだ。(毎日新聞より)


この報道で政界・右翼界(?)などでいろいろな反応が起きている。



2006.07.21 Fri | 歴史 | T:0 | C:0
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